沖谷 瑞保

出身・在学高校:
関西創価高校
出身・在学校:
創価大学
出身・在学学部学科:
理工学部情報システム工学科
在籍企業・組織:

・留学に関する質問・ご相談はinstagramにてメッセージいただければ可能な範囲でお答えさせていただきますが、返信は遅くなることがあります

・アメリカでの交換(研究)留学・研究インターンについては詳しいので、ぜひご連絡ください!


最終更新日:2026年02月02日 初回執筆日:2026年02月02日

「努力と挑戦のインフラ」を全ての人に!

留学テーマ・分野:
大学生:交換・認定留学(日本の大学に在籍しながら現地単位取得を伴う留学)
留学先(所属・専攻 / 国 / 都市):
  • デラウェア大学 コンピュータ・情報科学部
  • アメリカ合衆国
  • デラウェア州ニューアーク
留学期間:
10ヶ月
総費用:
- 円 ・ 奨学金あり
  • トビタテ!留学JAPAN「日本代表/新・日本代表プログラム」 1,790,000円
  • 大学独自のもの 9,000,000円

語学力:

言語 留学前 留学後
英語 専門的な研究や会議において、議論や調整ができるレベル<TOEFL iBT 102, TOEIC 900> 専門的な研究や会議において、議論や調整ができるレベル

留学内容

私の留学のテーマは、「努力と挑戦のインフラ」を全ての人に届けることです。

そこには、「PCがうまく使えない」「知るべき情報を知らない」ことを個人の責任としてでなく、技術の責任として捉え、全ての人をエンパワーメントできるシステムを作りたいという思いがあります。

このテーマの実現に向け、デラウェア大学でHCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)とAIの研究に打ち込みました。

具体的には、Sensify LabのVisiting Research StudentおよびWinter Fellowとして、Transformerモデルを用いたデータ解析によるストレス予測システムの開発に従事し、実装から評価、Winter Fellows Showcaseでのポスター発表までを行いました。

また、学部の授業ではHCIの理論とデザイン、チームでのスプリント開発手法に加え、機械学習・画像認識・並列処理・ディープラーニングなどの技術を学びました。
さらに、『Computing for Social Good(社会のためのコンピューティング)』を扱う大学院レベルの講義にも参加し、技術と理論の両面から人に寄り添う技術の実装力を高めています。

留学の動機

原点は、祖母の経験です。祖母は長年図書館で働いていましたが、職場にパソコンが導入されたことで業務についていけなくなり、最終的には辞職しました。この出来事を通じて、私は「人を支えるはずの技術が、人の力になれない現実」に強い違和感を覚えました。私は、コンピュータをより使う人に優しく、一人ひとりに寄り添う形に進化させることで、誰もが支援を受けながら自分の可能性を広げられる社会を実現したいと思っています。

成果

ツテのない状態から教授に直談判し、本来枠のない「訪問研究学生」としてラボに参加。信頼を獲得し、冬季特別研究員にも選抜されました。
学生の燃え尽き症候群を防ぐ研究では、自ら課題を設定しTransformerによる解析システムを実装、発表まで行いました。
学業でも全科目A評価を達成し、教授推薦により来期から大学院講義へ参加します。
主体的な行動で、HCI研究に深く関わるという目標を達成しました。

ついた力

なんとかする力

授業や研究、文化交流などさまざまな挑戦を重ねる中で、全てを自分の期待したようにこなすことは難しく、世界は自分の予想通りには動かないと悟りました。だからこそ肩の力を抜き、「自信を持つこと・楽しむこと・感謝すること」の3点に集中し、とりあえず行動するようにマインドセットを更新しました。
楽しみ、感謝し、人につくすサイクルさえ回していれば、他はなんとかなる。
そう信じて突き進む力がついたと思います。

今後の展望

デラウェア大学の教授から推薦をいただき、米国の博士課程に進学したいと考えています。
共感してくれる仲間を増やしながら、「努力と挑戦のインフラをすべての人に」という目標の実現に向けて研究を深めます。
目指すのは、誰もが情報にアクセスでき、一人の挑戦が次の誰かの助けや勇気として還元される未来です。すべての個人が自分の可能性を広げられる社会をつくりたいです。

留学スケジュール

2025年
9月~
2026年
5月

アメリカ合衆国(デラウェア州ニューアーク)

研究・学業面:ツテなし・枠なしからの直談判。「お客さんになるな」と自分を鼓舞した日々
【場所:アメリカ デラウェア大学 Sensify Lab】
留学を決めた時、漠然と「アメリカで研究したい」と思いました。唯一HCIラボがあるデラウェア大学を選びましたが、ツテも募集枠もゼロ。それでも興味のある教授にメールを送り続け、3-4ヶ月のやり取りの末、Zoom面接を経てSensify Labに受け入れてもらうことができました。
初めての長期留学。渡米前にiBT102点はありましたが、生の英語には苦戦し、カフェの店員さんの言葉が分からなかったり、授業のノートが間に合わず録音して聞き返したりしていました。
ラボでは「ただの留学生」で終わりたくなくて行動しました。授業後に教授に「一緒にラボまで歩きましょうよ」と誘ったり、こまめに顔を出したりするうちに信頼され、ラボの鍵をもらって「いつでもおいで」と言ってもらえるように。 研究では、Web開発経験を買われ、CS学生の燃え尽きを防ぐプロジェクトに参加。さらに、日本の所属ゼミのオンライン授業(深夜に毎週4時間ほど)で学んだTransformerの知識を、こちらの研究に輸入する形で提案したところ、冬には正式に「Winter Fellow」に抜擢されました。自分のコードが研究の一部になる手応えを感じながら、ポスター発表まで走り抜けました。
学業面でも、ネイティブに混ざって議論し、自分のアプリ案が投票で選ばれるなど奮闘。デザインやスプリント開発も初めてでしたが、毎週3〜4つのミーティングをこなす過密スケジュールを乗り越え、秋学期は全科目Straight Aを達成。その結果、教授から「大学院の授業に出てみないか」と声をかけていただき、博士課程の推薦状も快諾してもらえました。
課外活動では、NYの国際会議ボランティアに落ちる挫折もありましたが、結果としてそれ以上の成果(ハーバード大での学生会議「WECode」、現地の友人と挑む「HenHacks」、水問題解決の「EY Open Science Data Challenge」)に参加できました。
日本にいた時より、「考える前にとりあえずやってみよう」というフットワークの軽さが身についたと実感しています。

費用詳細

学費:納入総額

- 円

住居費:月額

- 円

生活費:月額

- 円

ラボの先生とPhDの先輩方!
ラボの壁一面に貼られたミーム集
費用詳細

学費:納入総額

- 円

住居費:月額

- 円

生活費:月額

- 円

2025年
8月~
2026年
5月

アメリカ合衆国(デラウェア州ニューアーク)

カオスな日常を愛する力 【場所:アメリカ デラウェア大学】

生活面では日本との違いをかなり感じました。
ルームメイトによる重大なルール違反(キャンパスのルールの違反行為など)が続き、関係性が急激に悪化したため、途中で警察エスコートつきで緊急避難することになりました。 学内でも爆破・銃撃予告や銃所持による逮捕者が発生するなど、「ここは安全な日本ではない」という現実を肌で感じました。

しかし、そんな環境だからこそ「大切な自分や周囲の人の人生を守りたい」という精神が鍛えられました。 保険も医療機関も高いので、病気にならないのが一番の節約。そう考えて、毎日のようにジムで汗を流しました。

平日は、授業・研究の合間に、なるべく友人に会いに学生センターへ。
学生センターはフードコートと勉強場所と遊び場が半々みたいなところで、勉強してはビリヤードやゲーム・ダンスをして息抜きしていました。

アメリカの大学ではネットワーキングの場も豊富で、仲良くなった様々な専攻の院生さんと餃子を作ったり、友人20人くらいで毎月パーティーを主催しては朝まで語り明かしたり。 日本にいる時よりもよっぽど大学生をしていました。

週末や長期休みには、フロリダ、ニューヨーク、フィラデルフィア、ロサンゼルス、ワシントンD.C.、ボストンを飛び回り、帰国前にはみんなでグランドキャニオン旅行も計画中です。

友達に「君は生まれる場所を間違えたね、アメリカにいてくれたらよかったのに」と言われて、自分でも「あれ、アメリカ人だったっけ?」と錯覚するほど馴染んでいました。

笑って、与えて、愛して。大切な思い出がたくさんできました。

費用詳細

学費:納入総額

- 円

住居費:月額

- 円

生活費:月額

- 円

Festival of Nationsの日に撮った記念写真
ハロウィンの日に友たちと夜にお出かけ
韓国・台湾のお友達と餃子を200個つくりました!
費用詳細

学費:納入総額

- 円

住居費:月額

- 円

生活費:月額

- 円

スペシャルエピソード

この国のことが、とても好きになった瞬間

アメリカの大学には「サンクスギビング休暇」という大型連休があります。この期間に体験した「集まる文化」が最高でした。

ある日は「オールナイトでパーティーしよう!」と10人以上の仲間が集結。午後2時から準備を始め、メインのターキーが焼き上がるまでなんと8時間!その間も、ピザを生地からこねたり、ガーナの炊き込みご飯「ジョロフライス」やティラミスを作ったり。キッチンを交代しながら、料理完成までの「待つ時間」も含めて全力で楽しみました。

また別の日には、博物館で開かれたガーナへの寄付を募るチャリティーパーティーへ。人生初のドレスコードありのイベントにドキドキしましたが、ドネーションストアで見つけた素敵なドレスでおめかしして参加しました。

アメリカ人は、「集まる理由」をちゃんと作って、大切な人と時間を共有することに情熱を注いでいます。食べて、笑って、語り合う。その温かい文化の真髄に触れた気がします。

サンクスギビング:8時間かけてつくったご馳走
サンクスギビング:ご飯片手に記念写真!
ガーナのチャリティイベントでのワンショット

ココでしか得られなかった、貴重な学び

新年1月1日。仲の良い友人9人とワシントンD.C.へ記念旅行に行きました。 ホワイトハウスで写真を撮ったり、ルーズベルト大統領が愛したレストランで少しリッチなブランチを楽しんだりと、最高のお正月気分を満喫しました。
しかしその後、みんなで訪れた「国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館」で、世界の見え方が一変しました。 同行した黒人の友人が、展示を見ながら彼らの歴史についてずっと話をしてくれたのです。
もちろん、以前から頭では理解しているつもりでした。Dark toneの肌の人が仕事を見つけにくい現実や、奴隷制度の歴史ゆえにルーツを辿れず、アイデンティティに苦しんでいること。 でも、博物館で突きつけられた現実は「それ以上」でした。全4フロアのうち、1フロアを見るだけで2時間はかかる圧倒的な量と重み。 特に衝撃だったのは、14歳の少年が「ただ黒人である」という理由だけで、顔の判別がつかないほど激しく殴られ、帰らぬ人となった事件(エメット・ティル事件)です。そんな理不尽が、歴史の中にたくさんありました。
自分の無知を突きつけられた瞬間でした。だからこそ、2学期目は逃げずに学ぼうと「アフリカ系アメリカ人学入門」の履修を決めました。 教科書がめちゃめちゃ分厚くて、すでにちょっと不安ですが、しっかり食らいついて学びたいと思います。

old ebbitt grillでのブランチ
国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館の展示の様子

身の回りで見た、楽しいプロポーズ文化

私の周りのでは、「プロポーズ文化」がとても盛んで楽しかったです。

日本だと「好きです、付き合ってください」で即カップル成立ですが、私が接したコミュニティでは手順が全然違いました。
Confession(好意を伝える)→ Talking(お試し期間)→ Proposal(正式な申し込み)→ Dating(交際)というステップがあって、 特にこの「Talking」で本当にお互いが合うかじっくり見極めます。
そして、いざ付き合うとなると「Propose」という一大イベントが必要。
花束やサプライズを用意して、officialな関係を申し込むんですが、私も滞在中に2回くらい、友人のプロポーズ作戦のお手伝いをしました!

面白いのが、仮に女の子から逆プロポーズしたとしても、後日男の子が花束を持って再プロポーズしなきゃいけなかったり、シチュエーションが気に入らないと女の子からやり直しを命じられたり。 あくまで私の友人の例ですが、日本より男性にリード力や演出力が求められるシビアな世界だなと感じました。

プロポーズのセッティングの様子
プロポーズのリハーサルの様子

警察エスコートでの緊急避難:逃げる勇気

  • 生活 : 治安・安全

ルームメイトとの関係が一番大変でした。
11月末までは良好な関係だったのですが、荷物の受け取り確認をきっかけに、急激に関係が冷え込んでしまいました。
室内での違反行為や、無断で動物を持ち込まれるなどの重大なルール違反が繰り返され、住環境がかなり不安定に。
さらに、メッセージでのやり取りも一方的で精神的な負担が大きく、話し合いを試みても論点が噛み合わなかったり、事実と異なる話が周囲に広まったりと、建設的な対話が難しい状態に陥ってしまいました。
極めつけは、私が39度の熱が出て病院に行きたかった時のことです。「今話し合いができる状態ではない」と何度も伝えたのに行かせてもらえず、ついに心が限界を迎えました。
最終的には、友達が「この部屋はSafeじゃないから逃げよう」と提案してくれ、警察に助けを求めることに。 警察のエスコート付きで緊急避難を行い、友達の部屋に数日宿泊した後、オートロック付きの一人部屋に移動しました。
怖さもありましたが、「自分の安全を優先していい」と実感した出来事でもありました。 荷物を運んだり、新しい部屋を探したり、全ての段階で助けてくれる友達がいて、本当に人に救われました。 同時に、もし友達がいなければ、私は「自分が我慢すればいい」と思ってずっとあの環境で耐えていたと思います。
「逃げ方を知らない」「助けを呼べない」ことは個人の責任ではなく、技術や環境の責任です。この経験を通じ、私の研究テーマである全ての人をエンパワーメントできるシステムを作りたいという思いが、実体験としてますます強くなりました。

24時間365日大学を守ってくれるデラウェア大学警察
お引越しを手伝ってくれたお友達たち
パッキングの時間がなく、紙ぶくろに荷物を詰めて移動しました

「居場所」開拓:ツテなし・前例なしから研究室への所属を勝ち取るまで

  • 留学先探し : 大学

留学先と日本の所属元、2つの「居場所」を確保すること。これが留学前の最大のミッションでした。
【Part 1:米国での受け入れ先探し】
「留学するなら、実際の研究の様子を見てみたい」。
そう思い、渡航の3ヶ月前(5月)にHCI関連の先生数名にレジュメと熱意を込めたメールを送りました。運良くそのうちの一人から返信がありましたが、そこからが長かったです。
2ヶ月間、1週間スパンで細々とメールを続け、正式に「受け入れるよ」とZoomで言ってもらえたのは、渡航直前の8月末でした。
ラボに入ってからも「お客さん」にならないよう、先生の授業は最前列で参加し、ラボにも通い詰めました。
結果、PhDの学生たちが「彼がいるから僕はここにいるんだ」と口を揃えるほど人格者の先生の元で、のびのびと学ぶことができています。粘り強くコンタクトを取り続けて本当に良かったと思います。
【Part 2:日本での「戻る場所」の確保】
一方、日本側でも課題がありました。私の学科で留学する同期はわずか2人。
留学中もオンラインでゼミに参加し、4年で卒業させてくれる研究室を探すのは、かなり一苦労でした。
そこで私は、大学2年生の時に「この人の研究が好きだ!」と直感した先生にターゲットを絞り、行動しました。
当時、その先生の勉強会は上級生向けでしたが、頼み込んで参加。最初は議論についていけず挫けそうになりましたが、関連講義を履修し、デモ機を自費で組み立てて持参するなど、必死に食らいつきました。
その熱意が認められ、3年前期では運営役にも抜擢。
最後には、先生からの寛大なご配慮により、留学に行きながらも所属を認めていただくことができました。

ハロウィンの日に骸骨になったアメリカの指導教官

2泊で80万円請求!?NYでの金銭トラブル

  • 生活 : お金

アメリカの「適当さ」には、何度も肝を冷やし、そして笑わせてもらいました。
最大の事件はNY旅行でのホテルの支払いです。ホテルの予約がなぜか2重に引き落とされていたため、すぐに電話で「キャンセルして」と頼んで「OK」と言われたのですが……明細を見たら、なんと5回分の履歴が! 「2回請求→2回キャンセル→1回請求」という謎の処理が行われ、一時的にカードの利用枠など合わせて80万円分も拘束される事態になりました。日本ならあり得ないミスですが、ここではこちらが気づいてしつこく指摘しないと、平気でお金が消えていくのだと痛感しました。
そこからが戦いでした。ホテルに何度も電話しマネージャーに繋いでもらい、カード会社の日本の支社からも連絡してもらい、Webでも問い合わせたのに解決しない。結局、現地に行ってフロントで確認したらやっぱり5回分の請求がある状態でした。 その場でフロントにマネージャーを呼び出し、全てキャンセルしてもらいました。もう口約束を信じられなくなっていたので、キャンセル済みの領収書をその場で紙で印刷してもらい、証拠を確保してようやく解決しました。
最初は戸惑いましたが、解決策は「『完璧』を求めないこと」だと気づきました。
ミスは起きるものだからこそ、自分の身(とお金)を守るために明細は必ず確認する。来なければ何度でも催促する。 この「図太いマインド」を手に入れたことで、どんなトラブルもネタとして楽しめるようになりました。

ホテルから徒歩20分くらいの距離のタイムズスクエア

留学前にやっておけばよかったこと

語学はいくらやっても損はないです。やってよかったのは指導教官との綿密な連携ですね。
逆に、自分のルーツや宗教観への理解はもっと深めておくべきでした。
現地で自身の信仰について誤解を持たれ、宗教観について深く問い直す場面もあったので、日本の文化や自分のスタンスを英語で語れる準備は必須です。

留学を勧める・勧めない理由

【勧める】とにかく楽しいです!多様な友人ができ、彼らと過ごす時間は一生の宝物になります。また、アメリカへの博士課程進学を希望するなら推薦状の取得が少し楽になります。
【勧めない】明確な目的がないならお勧めしません。奨学金があっても、円安とインフレで金銭的負担は想像以上でした。「自分の将来に絶対に必要だ」という確信と覚悟を持てる人だけが、投資に見合う成長を得られると思います。

これから留学へ行く人へのメッセージ

とにかく、「がんばれ〜!」という一言につきます。
現地では予想外の連続ですが、アドバイスは考える前に行動すること。
魔法の言葉は「なんとかなる・やってみよう・ありのままに」。
このマインドセットさえあれば、どんなトラブルも笑い話に変えられます。失敗を恐れず、泥臭く、あなたらしい留学生活を全力で楽しんできてください!