留学内容
ロサンゼルスのハリウッド近くにある語学学校Kings collegeに通いながら3週間、日米の野球を比較するために探究活動を行いました。午前中は語学学校に通い、探究活動では、語学学校でのアンケート調査やドジャーススタジアムで試合観戦をして、日米の野球の違いを学び、エンゼルススタジアムではスタジアムツアーに参加しました。さらに、アメリカ創価大学を訪れ、スポーツ心理学の教授とアメリカリトルリーグ経験者にインタビューする事が出来ました。
最終更新日:2026年01月13日 初回執筆日:2026年01月13日
語学力:
| 言語 | 留学前 | 留学後 | |
|---|---|---|---|
| 英語 | 挨拶など基本的な会話ができるレベル<英検2級> | → | 生活に困らない程度の日常会話ができるレベル<英検2級> |
ロサンゼルスのハリウッド近くにある語学学校Kings collegeに通いながら3週間、日米の野球を比較するために探究活動を行いました。午前中は語学学校に通い、探究活動では、語学学校でのアンケート調査やドジャーススタジアムで試合観戦をして、日米の野球の違いを学び、エンゼルススタジアムではスタジアムツアーに参加しました。さらに、アメリカ創価大学を訪れ、スポーツ心理学の教授とアメリカリトルリーグ経験者にインタビューする事が出来ました。
私は幼い頃から、漠然とアメリカに行きたいと思っていました。小学三年生から本格的に英語の勉強を始めました。中学校時代、英検準2級を取得すれば、アメリカ研修に応募できたのですが全て抽選に外れてしまい悔しい思いをしてきました。高額になる留学費用のため、アメリカに行くのは諦めかけていましたが、自分の留学計画で海外に行けるトビタテを知り、自分の大好きな野球をテーマに留学を行うことができました。
アメリカ野球界はスター選手が多く、成功しているように思えますが、ボールパーク化や演出力、チームとファンの一体感などはむしろ日本の方が進んでいると感じ、日本の野球はやはり世界に通用すると確信しました。それぞれの国が抱える社会問題が野球に大きな影響与えるため、独自の進化を遂げる必要があると思いました。また、世界のどこに行っても人と人とのつながりが一番大切だと感じました。
行動力
留学前と留学後の日本での活動で、全球団にインタビューの依頼を送り、巨人には東京ドームで、日ハムには北海道のエスコンフィールドでインタビューさせて頂きました。西武には書面でインタビューできました。今までの私は行動する事をためらいがちでしたが、今回の留学の活動を経て行動した先には必ず成功が待っていると気づくことが出来ました。
今回の留学で私を支えてくれたすべての人に恩返しをするために高校生時代には勉学、特に英語を磨き、大学はアメリカの大学に進学したいと考えています。その後私の夢であるMLB(アメリカの野球リーグ)の球団職員となり、自分の大好きな野球に携わりながら生きていきたいです。最終的には日本の球団の職員になって、アメリカの経験を活かし、日本の野球界を盛り上げていける人材になっていきます!
2025年
7月~
2025年
8月
受け入れ先期間で平日は午前中に英語のレッスンを受けました。アンバサダー活動として寮の友達に日本の料理を紹介したり、名前を漢字にして筆で書いてプレゼントしたりしました。寮の周りはホームレスの人々がたくさんいました。ご飯は全て自炊で、寮はシャワーとトイレとキッチンが共有でした。最初はそれが嫌でしたが、友達と英語で喋り、交流できる場として活用する事が出来ました。
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学費:納入総額 - 円 |
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住居費:月額 - 円 |
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生活費:月額 - 円 |
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学費:納入総額 - 円 |
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住居費:月額 - 円 |
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生活費:月額 - 円 |
日本では奇跡的に巨人と西武にインタビューできましたが、アメリカへの球団へのインタビュー依頼に返事があった球団はありませんでした。留学開始日が近づくものの、留学計画を立てれない私は焦りに焦りました。悩む日々を過ごしていた私は本で読んだ、(WBCで侍ジャパンを優勝に導いた)栗山監督の言葉を思い出しました。
「できるか、できないかではない。やるか、やらないか」
その言葉に背中を押され、ある方にダメ元で「私の探究活動に協力して頂きたい」と魂込めて、届くか届かないかわからないお手紙を書きました。
すると、その手紙を読んで下さり、その関係者の方から直接お電話を頂き、日ハムのエスコンフィールドでのインタビューが奇跡的に実現しました。当日は、ボールパーク化された最先端の球場を案内して頂き、設備も演出もアメリカを超えていました。一つの野球場が街づくりまでも牽引しており、野球が秘めるパワーの偉大さを感じました。また、サプライズで球団幹部の方とも面談まで設定して頂き、熱い激励を頂きました。その感動は一生忘れません!
陰で色々と調整して頂いた関係者の方がいたからこそ、実現できたことであり、日本の野球界の未来を見据えて、1人の素人の高校生であっても大切にする温もりを感じました。このような情熱に溢れ、野球に魂を込めている方々が創り出す野球だからこそ、日本の野球は人々を感動させるのだと確信しました。
アメリカでの探究活動をするために、アメリカ創価大学にもダメ元で探究活動協力のお願いをしました。
すると、なんと今回は特別に、スポーツ心理学の教授に加えて、リトルリーグ経験者である卒業生と懇談して頂けることになりました。
ロサンゼルス市内から大学まで片道2時間かかりましたが、卒業生に送迎して頂きました。
懇談前に、在校生に校内を丁寧に案内して頂き、食堂、寮、スポーツジムなども見ることができました。
懇談の中では、人口も多く、多様なバックグランドをもつアメリカで、「野球には、ひとたびバッターボックスに立てば皆が等しくスターになれるチャンスがある」という言葉から野球におけるアメリカンドリームを感じました。
懇談終了後、卒業生の方々とビーチに行き、夢を語りあいました。
皆さんの温かさに触れ、私はこの大学で学びたいという心が芽生えました。
買い出しでスーパーマーケットまで歩いていると、いかついラッパーに話しかけられて、無理やり止められました。最初は優しかったのですが、「最後に俺のDVDにサイン書いたるわ」と頼んでもないのにサインを書かれ、こちらからさよならしようとしたら、まさかのチップ代を要求されました。5$をだしたら、「そんなの足りない」と言われ、結局、20$払わされました。
ハリウッドの語学学校の寮の周りは、ホームレスがたくさんいてドラッグかと思わせるような異臭がする所がありました。信号を守らない車や歩行者がたくさんいて、スリが本当に多くスマホ、財布はストラップをつけて自分の肌身から離さないようにすることが大切でした。
そのような場所だからこそ、友達と行動すれば安全でした。語学学校の寮で異なる国の人たちに声をかけ、一緒に卓球をしたりしました。スポーツは話せなくても簡単に打ち解けられるのですぐに仲良くなり、シェアキッチンで一緒にご飯を食べるようにもなりました。それからは一緒に映画やレストランやショッピングに行ったりして、車にも乗せてもらえたので色々な場所に楽しく行くことができました。
アメリカに到着したばかりの時は家に帰りたいとも思いましたが、いつの間にかそんな気持ちも吹っ飛んでいました。
友達って大事ですね。
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