留学内容
パラリンピック水泳の世界最高峰の指導技術を明らかにするため、オーストラリアの大学水泳チームでコーチングを調査した。さらに、パラスポーツを用いた障害理解に関するデータ収集を行った。その結果、パラ水泳の指導技術は日本と大きな違いがあるわけでないと分かった。それよりも、障害理解・他者を理解しようとするオーストラリアの文化こそ、根本的にパラスポーツの強さに貢献していると感じた。
最終更新日:2021年01月08日 初回執筆日:2021年01月08日
語学力:
言語 | 留学前 | 留学後 | |
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英語 | 挨拶など基本的な会話ができるレベル<IELTS5.5> | → | 授業や会議の内容が理解でき、必要な発言ができるレベル<TOEIC755> |
パラリンピック水泳の世界最高峰の指導技術を明らかにするため、オーストラリアの大学水泳チームでコーチングを調査した。さらに、パラスポーツを用いた障害理解に関するデータ収集を行った。その結果、パラ水泳の指導技術は日本と大きな違いがあるわけでないと分かった。それよりも、障害理解・他者を理解しようとするオーストラリアの文化こそ、根本的にパラスポーツの強さに貢献していると感じた。
日本でパラスポーツの指導を学ぶには限界があった。そこで、パラスポーツが発展しているオーストラリアに注目した。加えて、オーストラリアでは、障害者と健常者が共に水泳に取り組む環境が整っている。日本では心理的・環境的バリアによってスイミングスクールに受け入れを断られることが多い。そこで、オーストラリアのパラスポーツの実態を調査して、日本の課題を解決する知見を得たいと思ったことがきっかけである。
パラリンピックで金メダリストを輩出したコーチのデータを半年分収集した。その他、スイミングスクールの指導見学、水泳大会帯同、大学でのパラスポーツに関する授業からオーストラリアのパラスポーツに関する調査を行うことができた。プライベートでは、パラ水泳選手とのあんぱん作りや、ネットボールというオーストラリアで人気なスポーツを観戦したことが印象的な経験であった。
どの環境でも幸せを見つける力
コロナでの緊急帰国が自分の幸せを再確認させてくれた出来事だった。感染したわけではないが、健康でいること、自分を心から信頼・応援してくれる人がそばにいることが、どれだけ自分の幸せにつながっているかを認識することができた。この経験から、美味しいごはんを好きな人と食べる日常に、自分の幸せと感謝の気持ちが沸き上がるようになった。
私の経験から、東京パラリンピックで日本チームがメダルを獲得できるようにサポートする。調査データは研究として論文にまとめ、日本のパラスポーツの発展に貢献したい。さらに、パラスポーツへかかわる人が長期・継続的に活動できる事業を計画している。最終的に、パラスポーツの力で障害理解を促す文化を日本で根付かせたい。
2019年
9月~
2020年
3月
初めの4カ月は、サンシャインコースト大学の付属語学学校に通いつつ、大学のパラ水泳チームに参加した。語学学校卒業後の3カ月は、大学でオーストラリアのスポーツサイエンスを学びつつ、水泳大会や地元のスイミングスクールでヒアリング調査を行った。日本の水泳チームが遠征に訪れていたこともあり、そのサポートも行った。コロナの影響で大学の授業が途中でオンラインに変更となったことや、パラ水泳チームの練習が一時中断されたことから、計画途中であったが帰国を決断した。
学費:納入総額 1,400,000 円 |
住居費:月額 65,000 円 |
生活費:月額 50,000 円 |
項目:プール代 5,000 円 |
学費:納入総額 1,400,000 円 |
住居費:月額 65,000 円 |
生活費:月額 50,000 円 |
項目:プール代 5,000 円 |
本当にお世話になった留学先のコーチに感謝してもしきれない。世界一の指導者は、器も世界一。選手に対して指導する姿勢はもちろん、優しさ、礼儀など、運や人を惹きつける人間性に心打たれた。能力・人間力を高め、絶対に恩返しできるようにしたい。
英語の勉強をある程度していても、留学初期はスポーツ専門用語がチンプンカンプンであった。なので、事前に専門用語もYoutubeなどで慣れておくのを推奨する。水泳の練習現場では「Black top」とよく言われていたが、何を示すか分からなかった。それがのちに、「時計の黒い針が上(60)に来た時にスタート」という意味だと理解した。ちなみに、ようやくその意味を理解したのは練習に参加して1か月以上経ってからである。
25歳から留学となると、お付き合いしている彼女の将来にも影響を与える。幸いにも私は、一年の留学を認めていただき、彼女を日本に残し渡航した。留学中はYoutube で週一回の動画配信を行い、近況報告をするなど離れていてもつながれるようにした。結果的に帰国した後は、より互いの信頼を深め、価値観を共有できたと思っている。
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