留学内容
出身地である奄美大島の伝統産業「大島紬」を中心とした、日本の伝統産業保護を考える留学を行いました。イギリスのリーズで過ごし、リーズ大学で社会公共政策についての講義を受講したほか、織物工業跡地におけるフィールドワーク、着物の着付け体験会など様々な観点から産業保護について考え、取り組んだ1年間でした。大学の長期休暇中はイギリスの一般家庭にホームステイをしたり、ヨーロッパの国々でバックパッカーをするなど、イギリスにいるからこそできることにも挑戦をしました。
最終更新日:2017年11月28日 初回執筆日:2017年11月28日
語学力:
言語 | 留学前 | 留学後 | |
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英語 | 挨拶など基本的な会話ができるレベル | → | 授業や会議の内容が理解でき、必要な発言ができるレベル |
出身地である奄美大島の伝統産業「大島紬」を中心とした、日本の伝統産業保護を考える留学を行いました。イギリスのリーズで過ごし、リーズ大学で社会公共政策についての講義を受講したほか、織物工業跡地におけるフィールドワーク、着物の着付け体験会など様々な観点から産業保護について考え、取り組んだ1年間でした。大学の長期休暇中はイギリスの一般家庭にホームステイをしたり、ヨーロッパの国々でバックパッカーをするなど、イギリスにいるからこそできることにも挑戦をしました。
生まれ故郷・奄美大島の伝統産業「大島紬」の織工をしていた祖母が、不況と産業衰退の煽りをうけて離職を余儀なくされたこと。ゆっくり確実に衰退していく伝統産業を目の前にし、何かしなければという使命感にかられました。産業革命時、織物を一大産業として栄え英国最大級の毛織物工場を持った土地がリーズであること。世界的に評価された公共政策の教育プログラムがリーズ大学にあること。以上が決め手となり留学を決めました。
ひとつは建築物や芸術作品を含む伝統文化に対する「人々の姿勢」を学べたことです。多くの博物館や美術館の入場料が無料であるイギリスでは「古いものほど良い」「守るべき価値あるものには惜しみなく投資すべき」といった考え方が多くの方に根付いていることが
フィールドワークを通して分かりました。もう一つは改めて日本文化の固有性に気付けたことです。日本文化の可能性を感じさせられることの多い一年間でした。
とりあえず力
スーパーでの買い物から大学の課題内容まで分からないことだらけの毎日を過ごす中で「とりあえず」誰かに聞いてどうにか乗り越える力がついたと感じています。自分の語学力の低さや羞恥心を言い訳にしている場合ではない環境が、プラスに働いたといえます。また様々なことに挑戦するうちに物事のハードルが下がったことも大きな変化でした。ハードルが下がることで「とりあえず」着手してみるタフさが身に付いたように思います。
国家公務員となって、産業の観点から九州の方々と海外の人々の橋渡しのような存在になりたいと思っています。留学中、「日本のどこ出身?」と聞かれる機会が多く、そのたびに「KYUSYUってどこ?」と返され日本の地方の知名度はまだまだなのだと知りました。高齢化、過疎化等問題を多く抱える地方ですが、ローカルだからこその魅力を世界へ発信できれば国内外が活気づいていくのではないかと考えています。
2016年
7月~
2017年
6月
最初の2か月間は学術的な英語についての語学研修を受けました。その後大学の学部に所属し、1年生たちと共に講義を受講しました。レベル1の授業と言えども専門性の高い講義内容、なれない英語、大量の課題に四苦八苦する毎日でした。友人や先生の力を借りて何とか乗り越えることができました。またリーズ大学に通うトビタテ生と協力し、着物の着付けや茶道を体験してもらう文化体験イベントの企画、リーズ大学大学院と合同イベント開催にも取り組みました。長期休暇中は、ヨーロッパの国々をまわり教科書の中でしか見れなかった遺跡・景色を実際に見たり、イギリスの一般家庭でホームステイをしたりと、イギリスにいるからこそできる経験を多く積みました。1年間、学生寮で5人のフラットメイトと共同生活を送りました。性別、言葉、年齢関係なく付き合える彼らとの時間は留学生活の中でも特に印象深い時間のひとつです。
学費:納入総額 - 円 |
住居費:月額 - 円 |
生活費:月額 - 円 |
学費:納入総額 - 円 |
住居費:月額 - 円 |
生活費:月額 - 円 |
ポーランドのアウシュビッツ強制収容所を尋ね、留学中、大学の長期休暇を利用して日本人ガイドの方のお話を聞いたこと。留学中、大学の長期休暇を利用してヨーロッパの様々な国を旅しました。心揺さぶられるものに多く出会いましたが、一番の衝撃を受けたのがここでした。唯一の公式日本人ガイドである中谷さんの「私たちの多くは近隣国の国歌を知らない。しかし、アメリカやイギリスといった国の国歌はすぐに頭に浮かべられる。私たちには、知らない間にヒエラルキーが刻み込まれているんです。極端な話、差別や迫害はここから生まれます。」という言葉が忘れられません。異文化理解・受容に関して自分は柔軟であると思いこんでいただけに、衝撃的でした。気づかないうちに差別や迫害の端をかじっている事実に、怖くなりました。同時に、強制収容所で起きたことが遠い昔の話、自分には無縁な話と思っていたことを痛感し恥ずかしく思いました。グローバル化が進み人もモノも簡単に国境を越えていく今、文化圏が違う人々同士が「共に」生きていくにはどういう姿勢でいるべきなのかを考える、とても貴重な時間でした。
私は1年間、大学の学生寮で5人のフラットメイトと共同生活を送っていましたが、毎晩のようにお酒を飲み大音量の音楽を流してパーティーをする彼らとの生活スタイルの違いに大きな違和感をもつ期間がありました。フラットメイトと仲良くなりたいし、彼らの生活を邪魔したいわけではないのに、うまくやり過ごせない自分が嫌になりました。しかし、「適応できない自分」を素直に受け入れて、フラットメイトにも自分に対しても正直でいるよう心掛けるようになってからは、快適に過ごせるようになりました。私は話し合いや、ある程度の距離を保つことで問題なく生活できましたが、もし共同生活を送るうえでどうしても解決できない問題がある時は思い切って、生活する家や寮を変える選択肢を持ってもよいと思います。
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