高校生の高いポテンシャルを生かした留学施策を第2回 長野県教育委員会 原山隆一教育長

長野県が高校生のグローバル人材教育に力を入れている。新たに「信州つばさプロジェクト」という、高校生が「海外留学最初の一歩」を踏み出すための新スキームを2018年度からスタートさせた。県による留学支援に加え、高校生主体で留学を促進するプロジェクトチームが関わっているのが特徴だ。「全国の教育長に聞く」シリーズ第2回は、長野県教育委員会の原山隆一教育長に、グローバル人材育成の強化に舵(かじ)を切った理由と狙いを聞いた。(「信州つばさプロジェクト」についてはこちら)
※本記事は2019年5月取材時点の情報です。

高校生が主体となる留学支援を推進
原山教育長
原山教育長

「信州つばさプロジェクトは、高校生が中心となって留学支援を盛り上げていこうという企画なのです。高校生自身が海外留学を事業としてどのように作っていこうかを考えて、それを我々が支援していくスキームとして始めました」

長野市内が見渡せる長野県庁舎内の教育長室でグローバル人材教育について聞くと、原山隆一教育長の話には熱がこもり始めた。

「この新しいプロジェクトをどこまで進展できるか、進化させられるか。グローバル人材の育成に関しては、新しいことをいろいろと手広くやるよりも、このプロジェクトに集中する方が重要だと思う。財源的には『ふるさと納税』型のクラウドファンディングを活用しています。現代の高校生は、SNSを通じてどうやったら人に感動をシェアできるかを考えるのがうまくなっています。高校生たちが頑張っている姿を周りの大人が応援していくようになったらベストですね。高校生たちにも一種の『起業家精神』が芽生えてくるのではないでしょうか」

グローバル人材教育、特に高校生を海外留学に派遣することに力を入れているのは、平成28年(2016年)4月に現職となってから訪れた、広島での第40回全国高等学校総合文化祭(総文祭)の際に聞いた、広島県のグローバル人材育成の関する取組を聞いたのがきっかけだったという。

「(教育長になって)長野県の高校生留学者数はかなり少ないということは、問題意識として持ってはいました。広島県での総文祭にうかがった時に、全ての県立高校が海外に姉妹校を持っており、『年間1000人の高校生留学をめざす』といった施策を聞いて、スケール感の違いに圧倒されました」

「当時は、『広島県にはマツダなどの大きなグローバル企業があるからかな』くらいに思っていたのですが、その後も自分で情報を集めて考えていくと、『いやいや違うぞ、グローバル企業があるからではないな』と、全ての地域がグローバルの中に放り込まれているのが今の時代なのだなと思うに至りました。なので、長野からも高校生の留学を増やしたいと考えました」

休暇で米国へ、自ら「現地の学び」を実感

原山教育長も18年に、自ら2週間の休暇を取って海外に出てみたという。

「アメリカに行ってみたんです。個人的な休暇ではあったのですが、ボストンでマサチューセッツ工科大学(MIT)を訪れたり、シカゴの公立小学校を見学したりして、それまでも話はいろいろと聞いていたのですが、『自分で現場を見て体験してみる』ことがこんなに違うんだと、つくづくと感じました。そういった意味でも、高校生が実際に海外にいって見る機会を作り出すのは非常に意義のあることだと思いましたね」

長野県は1998年に長野冬季五輪を開催した実績もあり、今では白馬村などのスキーリゾートなどに訪日外国人(インバウンド)観光客が大挙してやってくる、日本有数の「観光県」の一つでもある。そうした環境は、高校生留学の支援を拡大する契機となったのだろうか。

「21年前の長野冬季五輪が、長野県にとって国際化を意識する大きな刺激になったのは間違いないでしょうね。小中学校で『一校一国運動』(五輪開催地の学校が応援する国や地域を決め、当該国・地域の文化や言語を学習したり選手や子供たちと交流したりして異文化理解を深めようとする活動)というものも長野から始めて国際交流を進めてきました。その後は、特に台湾から多くの生徒が学習旅行に来るようになって県内にやってくるようになり、交流の拡大にもつながっています。ですが、それ以上に今のグローバル化の影響の方が大きいのではないでしょうか。20年前の国際交流の感覚と、今のグローバルな世界の本当に激しく動いているものと本質的に変わってきていると感じています」

2018年の総文祭で知った高校生の力
長野県庁で開いた、高校生の海外留学を増やすためのプランづくりワークショップの様子(2019年5月31日)
長野県庁で開いた、高校生の海外留学を
増やすためのプランづくりワークショップの様子
(2019年5月31日)

原山教育長は、教育の目的とは「次代を担う子どもたちに必要な力を身につけさせることにある」が持論でもある。

「これだけ世界が一つにつながっていくグローバル社会で、これからを生きる長野県の子どもたちに、どういう力をつけたらいいのか。単に英語ができればいいということではないと誰しもわかっていると思うんです。自分の生まれた長野という土地を、また日本という国をよく知ったうえで世界と関わることが重要ですし、一方で世界から見た日本、長野県、そして自分という視点を持つことも非常に大切だと思っています」

「自分を相対化しながら成長していくという力を身に付けること。インターネットから世界中のさまざまな情報が手に入る時代になってはいますが、それだけでは新たな視点を身につけることは不可能な面が多いでしょう。実際に世界に行って体験して得られたもの、それこそがかけがえのないものになると確信しています」

スマートフォンでクラウドファンディングへの寄付を試す原山教育長(信州つばさプロジェクトのFacebookページより)
スマートフォンでクラウドファンディングへの
寄付を試す原山教育長
(信州つばさプロジェクトのFacebookページより)

「信州つばさプロジェクト」を高校生主体にしたのも、広島県の2年後に開催した「信州総文祭」での高校生の高いポテンシャルに感じ入ったからだという。

「2018年に『信州総文祭』を実行してみて、高校生自身も、そしてわれわれ大人たちも『高校生には自分でできる力があるんだ』とわかって感動しました。そして、これをそのままにしておくのはもったいないな、活躍してもらいたいなとも思いました。県や県教委の職員が一緒になって、高校生の気持ちに寄り添いながら成長させていけるようなプロジェクトに進化させていくことが、われわれ大人にとって大事なことだと思っています」

高校生の活動を良い方向に促していくためにも、教師の「働き方改革」についても見直す姿勢を強めている。

「例えば、夏休みの子どもたちの過ごし方を聞いていると、夏休み中の宿題や課題がめちゃくちゃ多いと。これは、自分で学習する時間や量を調整する力を培っていないということかもしれません。先生たちもわかっているのかどうかは不明ですが、『課題をいっぱい出さないと勉強しない』と思っているフシがある。それが悪循環になっているかもしれない。自分で学ぶ力を小学校、中学校でつけることで、高校生になったら当たり前にできるようになると、先生たちの働く時間も減っていくだろし、忙しくならないような仕組みにできるはずです。先生たちが海外に行けるような時間もつくれるようになると思っています。そういうことも見直していかねばならない時期にきていると思いますね」

長野県から羽ばたき、また長野を豊かにしてくれるグローバル人材の育成と拡大を見据えて、さまざまな変化を促そうとしているようだ。

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