海外の視点で郷土の良さを発信できる高校生を育てたい第4回 青森県教育委員会 和嶋延寿教育長

 海外から日本にやってくるインバウンド(訪日)観光客が急速に増える中、高校生の留学生数がこれまで少なかった自治体でもグローバル人材の育成の必要性を感じている。平成29年度の高校生留学率が低迷した青森県も、平成30年度から新しい施策を開始してばん回を図っている。青森県教育委員会の和嶋延寿(わじま・のぶとし)教育長に狙いを聞いた。

青森県教育委員会 和嶋延寿教育長
青森県教育委員会 和嶋延寿教育長

 「本県でも高校生を対象に、グローバル人材を育成するための事業をやってきました。今後も様々な形で、海外との相互交流を継続して取り組んでいきたいと思っています」

 こう話すのは青森県教育委員会の和嶋延寿教育長だ。青森県では教育委員会が主導して、平成24年度から高校生の海外研修事業を行っている。近年においては平成28年度から29年度の2年間にわたり、「あおもりグローバルスチューデント育成事業」を実施し、同県立高校の生徒を対象に「高校生青森県大使育成プログラム」と「グローバル研究隊支援プログラム」の2つのプログラムを導入した。

 高校生青森県大使育成プログラムでは、以下の3コースを用意した。

  • ・英語教員やALT(外国語指導助手)らとの「グローバル合宿」(7月下旬、2泊3日、参加生徒;約60名)
  • ・韓国や台湾での「グローバル海外研修」(1月、約1週間、約30名)
  • ・合宿や海外研修後に青森県の魅力や海外留学の意義をワークショップ形式で話し合う「事後研修会」や「研究協議会」

 一方、グローバル研究隊支援プログラムでは、以下のような仕組みを取り入れた。

  • ・最先端の技術やビジネスを展開する大学や企業を訪問して学ぶ「グローバル研究隊」の立上げ
  • ・地方にいながらグローバルに活躍する人を講師に迎えて学ぶ「グローカルコース」
  • ・実際にグローバルに活躍している企業人や研究者らの講演を聞く「グローバルコース」

 また、新たに高校生の留学熱を高める狙いで、平成30年度からは「青森県の将来を担うグローバル人財育成事業」を実施し、「グローバル実践力発揮プログラム」を導入した。

  • ・英語を母語あるいは外国語として話す環境において、大学での語学研修、学校交流、ホームステイ先での体験的語学研修等を実施
    (平成30年度62名参加:シンガポールコース15名、フィリピンコース11名、台湾コース26名、アメリカコース10名)
    (令和元年度85名参加:シンガポールコース18名、フィリピンコース14名、台湾コース41名、アメリカコース12名)
  • ・研修後は高校生プレゼンテーション講師として、各校における報告会、県教育委員会事業の成果発表会などで、広く研修内容を還元

 こうした各種事業は県の予算で一部を補助している。

 海外の視点から自分の郷土を見つめる機会を増やすことで、高校生らが「多様で協働的な体験」を通して学ぶことを目的にプログラムを推し進めている。

平成29年度海外研修
平成29年度海外研修

「青森県は人口減少が進んでいます。そのような中、海外から自分の住んでいる地域を見たときどのように見えるか、感じてもらいたいと思っています。青森県は『人』が『財(財産=宝)』として捉えており、海外から見た青森県という視点を持つ人財をたくさん生み出したいなと思って、『グローバル人材育成プログラム』を進めています。」

 実際、あおもりグローバルスチューデント育成事業及び青森県の将来を担うグローバル人財育成事業は、「郷土青森への誇りと意欲的な学びの姿勢、及び青森の魅力を発信できる力を育む」ことを目的として打ち出している。単なる国際交流ではなく、青森の良さを再発見し、それを発信していく「青森県民としての使命感を持ってもらう」ことを重要テーマとして捉えている。

 青森県は人口規模の割には県内に大学が多い。国立大学では弘前大学があり、公立では青森県立保健大学や青森公立大学、私立では青森大学、青森中央学院大学、東北女子大学、八戸学院大学、八戸工業大学、弘前医療福祉大学、弘前学院大学と計10校の大学がある。短期大学も5校ある。

 一方、比較的人口規模の大きい青森市、八戸市、弘前市の「三市」を含む多くの進学校からは、宮城県や東京都など、「大都市圏へ進学する生徒が多い」という事情を抱える。

 さらに、青森県内の大学を卒業しても、県内での働き口が少ないため県外で就職する学生が多く、これが若年層を中心に人口減少が続く一因となっている。

 ただ、和嶋教育長は「『青森県から出て行ってほしくない』ということだけを考えている訳ではないんです」と話す。

「もちろん青森県内に残って活躍することも良いことですが、県外で活躍しながら『ふるさと青森』を応援していくということもあっていいと思っています。インバウンド(訪日外国人客)は、本県でも拡大していますし、海外の高校生が県内の高校生と交流する機会も多くなってきています。様々な人との交流によって、子どもたちが大きく成長しているということは多くの学校から報告されるようになりました。」

 そうした変化は高校生の保護者や教員にもじわじわと及んでいるようだ。

平成29年度海外研修
平成29年度海外研修

「来県した海外の方との交流による高校生の成長は、周りにも伝わり始めていて、さらに海外に出て行くことがより子どもの成長につながるということは、保護者や教員にもイメージしやすい状況になってきたと思っています」

 青森県はリンゴをはじめとして、ニンニク、ゴボウ、長芋など多様な農産品で「生産量日本一」を誇るほか、三方を海に囲まれた土地柄ゆえに水産品も豊富だ。農業高校や水産高校などの専門高校も多く、多様な産業への「人財」を供給するための教育を拡充しようと力を入れている。

「農業高校の生徒が、海外に行ってきた経験を報告に来てくれることがありました。現地では『全部、英語でプレゼンテーションしてきました』と笑顔で話してくれて、本当に素晴らしいと思いました。自分は数学の教員を長くやっていて、外国語はほとんどダメなので、特にそう思うのかもしれませんが・・・(笑)。生徒が海外での経験を、その後の学習や将来の仕事にどのように活かすか楽しみです。本県は、農林水産物等の輸出で、海外とのつながりが深まっています。若いうちに様々な経験をして、グローバルな視点を持った人になってもらい、本県の企業が求めるような人財になって欲しいですね。」

 ただ、文部科学省が実施した平成29年度の「高校生の国際交流実態調査」で、青森県の高校生留学率は0.36%と、全国平均の1.43%を大きく下回って最低水準にある。それゆえに、これから一段と力を入れて高校生を海外に送り出そうしているのだ。

「生徒が海外で経験することは、仮にそれが失敗であっても、長い人生という単位で見れば自身の成長につながるものと確信しています。海外に行き、自分が普段置かれていない環境の中で、いろいろな人との関わりを持つことは、本当に貴重だと思います」

人口減少への対策が最重要課題の青森県。少子化で子どもの数が減っているだけに、どういう形が生徒にとって良いのかを考えるため、教育委員会内に『高等学校教育改革推進室』も設けた。

「生徒数の減少の中にあって、本県の生徒一人一人に、これからの時代に求められる力を育むために、また、本県の未来を担う人財を育成するためには、充実した教育環境の整備は不可欠であると思っています。現在、青森県教育委員会が取り組んでいる、高等学校教育改革第1期実施計画では、いくつかの学校を統合して、新しい学校を開校させることになります。一方で、高校教育を受ける機会を確保するために、生徒の通学環境や地域における役割等に配慮した高校の配置をしていかなければいけません」

 少子化と進学・就職等による人口減少の傾向は、簡単には変えられるものではない。だが和嶋教育長は、青森県の持つ特色や良さ、長所を、海外と比較する視点を持ちながら、そしてその長所を伸ばしていける「人財」を、ひとりでも生み出すための施策を続けていく考えだ。

 和嶋教育長は「外から見た青森県という視点をいつも持って、県内で頑張ってもらいたい。また、ある時期本県を離れても、その経験を活かして本県に戻って活躍してもらいたい。これは教育委員会だけでなく、知事部局とも一緒に進めていくべきテーマだと思っています」と話を結んだ。

(聞き手・文 三河主門)

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